長谷川時雨旧居は、1928(昭和3)年から1932(昭和7)年まで、劇作家の長谷川時雨(1879~1941)と小説家の三上於菟吉(1891~1944)の旧居として使われ、女性芸術家の創作と表現の場である「女人芸術社」が結成された場所です。ここでは、長谷川時雨が発行した女性のための文芸雑誌『女人芸術』全48刊が刊行され、多くの女性が自らの声を社会に届ける試みが育まれました。
長谷川時雨は1879(明治12)年に東京市日本橋区(現:中央区)に生まれ、幼少期から邦楽や歌舞伎に親しみ、劇作家として活躍しました。一方、三上於菟吉は1891(明治24)年に埼玉県北葛飾郡桜井村(現:杉戸町)に生まれ、早稲田大学で英文学を学びながら創作活動を行い、大衆小説家としても名を知られるようになりました。二人は1916(大正5)年頃から交流を深め、共同で女人芸術社を支えることとなりました。
女人芸術社は、当初1923(大正12)年に創刊されましたが、2号で中断してしまいます。その後、1928(昭和3)年に三上の資金援助を得て再開され、1932(昭和7)年まで計48冊を刊行しました。執筆者には、野上彌生子、神近市子、高群逸枝、宮本百合子ら中堅の女性作家に加え、円地文子、佐多稲子、林芙美子、矢田津世子ら若手作家も参加しました。
この旧居で生まれた創作活動は、戦争の影響がまだ及ばない時期の出来事ではありますが、社会の規範や日常の制約の中で表現の自由を守ろうとする営みは、平穏を求める行為でもありました。ここでの活動は、個人の精神的自由や文化の多様性を守る試みであり、人々が平和な時間を模索し、自己表現を通じてその平和を形作ろうとした痕跡を今に伝えています。