ここ、長延寺谷町の地は、かつて大きな池が広がる谷地形でした。幕末から明治初期にかけては低湿地帯で、生活環境の厳しい地域として、多くの人々が身を寄せて暮らしていました。その後、1876(明治9)年創業の「秀英舎」を前身とする大日本印刷による工場の建設が進みました。地域の人々も新たな働き口となったと言われています。直接的に戦争の影響を受ける場所ではありませんでしたが、貧困や社会の不安定さと向き合う地域性、軍事関係機関の周辺に位置していたことから、戦禍の中でどのような役割を果たしていたのか考える手がかりともなります。

2025年現在、工場は解体され、隠されていた谷地形が再び姿を現しつつあります。谷の起伏と土地の記憶を感じられるのは今だけのチャンスかもしれません。
