上智大学四ツ谷キャンパスの正門を抜け、トンネルをくぐった先には、ラグビーやサッカーのグラウンドが広がっています。かつてこの一帯は、「真田濠」と呼ばれる江戸城の外濠であり、一面に張られた水に校舎を映していました。江戸時代、この低地を活かした濠は城の防御施設として整備され、戦略的な役割を担っていました。人々の生活圏と防衛の境界線として機能していたのです。

戦後、東京大空襲の瓦礫を処理するために水濠は埋め立てられ、現在の姿へと整備されました。戦争の爪痕が、日常を取り戻すための土地の再生へとつながった、といえるでしょうか。また、近世にまでさかのぼる松と、戦後に植えられた桜が並ぶ景観は、戦争の記憶とその後の復興の象徴として共存しています。

さらにこの場所は、千代田区の災害避難場所にも指定されており、日常を守るための安全の場としての役割も担っています。真田濠は、戦争の痕跡と人々の営みが交錯する場所の歴史を、今に色濃く映し出しているのです。