四ツ谷キャンパスの1号館前一帯は、かつて戦前、多くの民家が建ち並んでいました。洋服店や理髪店が軒を連ね、地域住民と大学の教職員が日常的に交流していたことから、人々の生活とつながりを育む町であったことがわかります。その様子は、ソフィア・アーカイブズに保存されており、戦前の平穏な日常の記録として現在に残されています。

しかし、1945(昭和20)年4月14日の東京大空襲では、現2号館以北の町家地区が被災し、5月25日には同以南の一部も焼失しました。
戦後、この地域は大学施設の建設や再開発により姿を変えました。1948年に建てられた学生寮「ボッシュタウン」は、アメリカ軍から払い下げられたカマボコ兵舎を利用し、復員したばかりで住むところのない学生たちのために、現在の北門から6号館にかけての場所に設置されました。

道路や敷地の形状には、かつての町並みの面影がかすかに残っており、戦争によって奪われた街並みと、人々の営みの記憶を静かに語りかけています。今、私たちが歩くキャンパスの道は、戦争の破壊と、そこから立ち上がった平和への営みをつなぐ歴史の舞台でもあるのです。